#109 バイト先

 私のバイト先は学習塾であるが、その給料のシステムや社員の雰囲気などがとても悪く、こんなところに就職したくない。という自分の中での代表例となっている。

 そんなバイト先とはそろそろおさらばしようと考えているが、次のバイト先をどこにしようかという検討をしている。友人たちにアドバイスを求めつつ、その中でも、ウチには来ない方がいいよ。だってこんなのだから。と言われることもある。

 一方で、塾バイトは、高時給だからいいじゃないか。と言われるが、指導のシステムそのものも学生泣かせの内容で、昇給はアリと書いてあるのに、待てど暮らせどしなかった。自分で言うのも変だが、テストの点数が上がったので、先生交代しないでください。と言われたのに、それでも時給は変わらず。

 どれだけ指導のための話をしようと、指導開始時刻に生徒が来てしまうため5分前から指導を始めてもその分の手当ては340円で一律という労働基準に違反するのではないか。というレベル。

 と半ばバイト先へのクレームでもあるが、この労働基準を犯しているのではないか。というバイト先をそろそろ辞めたいと思っている。ということで、今の1つの課題は、新しいバイト探しである。

#108 世界津波の日

 旧暦の1854年11月5日、和歌山県の広川町を安政の大津波が襲った。その際に生まれた「稲村の火」の話。地元の商人が津波の危険が迫っている中、村人を高台に導くために稲に火をつけ、多くの人を救ったという話が残っている。

 多くの人を避難させた彼であるが、彼が今の街を見たらどう思うだろうか。現在の広川町の町役場の場所を見てほしい。過去に作られた防潮堤よりも海側に役場があるという極めて斬新な場所。そして、ここで稲村の話があったのか。というお笑いのような現実世界が広がっている。

 彼のあの行動を称賛するような話が街から全国へ広がっている(広げている)にもかかわらず、町の中心であるべき役場があの状況。笑わせないでくれ。というレベル。

 これでは、今度は町民が役場の人間に高いところへ逃げろーといざとなったら言わなければならないというそこら辺の漫才師よりも面白いネタである。

#107 AI

 AI人工知能による生成動画が今日、日本中で話題となった。

 岸田首相の緊急速報としてSNSに発信された動画、私も確認したが、あるテレビ局のロゴも使われており、あたかも本物であるかのようにそっくりであった。声もそっくりで、それもAIによって作られたという。

 この技術に対しては、すでにあることを私は認識しているため、驚きはしないものの、日本の首相が卑猥な発言をするというフェイク動画を配信される日が来るとは想像していなかった。すでに動画を発信した者は判明しており、名誉毀損などで逮捕されることとなるだろう。

 しかし、このAIというもの、大学の講義で習っているが、災害時に大変便利なものである一方で、やはりその際にもフェイクがSNSに投稿されてしまうということがある。そのフェイクを見抜き、投稿できなくするAIも開発できれば良いのかもしれながい、それはコンピューターでは判定が難しそうだ。

 AIは、真っ当に使えば非常に便利で有効である。そして、研究もより進められる事になる。しかし、今回のこのような騒ぎで、AIが使用制限され、研究や調査に活用するためのハードルが上がってしまうという事態だけは避けたいと思う。この悪質なフェイクは後を絶たないことから、このフェイクというものに対しての法整備が必要であるかもしれない。

 投稿者は本当に軽い気持ちであげる。それを厳罰化すれば、やる人は相対的に減ることとなるだろう。フェイクを投稿したもの・制作した者に対する厳罰化を強く求め、研究開発のためにも、これからの人類が豊かに生活するために、AIの規制がされてしまわないようにしてほしい。

#106 大学祭

 明日から私の大学で大学祭が開催される。3年生になって初参加。しかしながら、実行委員会にはもう少し頑張って欲しいと思うところが正直なところ。

 どうしても周りの大学と比べてしまう。パンフレットの中身を比較するや否や、協賛している企業の社数・その会社の規模など、明らかに他大学の方が上に見えてしまう。また、学祭に来る芸能人も他大学と比べて、何だかなぁ。と言う印象。

 せっかくやるなら、もっとエネルギーを使ってやってもいいだろうに。と思うのが私個人としての感想。若手の育成という面では大事なのかもしれないし、これらを否定するわけではないが、地元アイドルや、無名の芸能人が来ることはどこか寂しい感じがする。それこそ周囲の大学と比較してしまうのである。

 他の大学のパンフレットを見て、自分の大学のパンフレットを見ると、なんか物足りなさを感じてしまうのが率直な感想。せっかくやるのだから、時間と労力をかけても良いのではないか。そう思ってしまう。

 とはいえ、明日から2日間。初参加の学祭が楽しみではある。まずは、自分が売っているもの、しっかりと利益が出るように目標販売個数をクリアできるように呼び込みを頑張らなければならない。こういった呼び込みの類は初めてであるため、うまくいくだろうか、少々不安な点ではあるものの、まずはやってみてからのお楽しみかなと思っている。

#105 学級数削減

 本日、朝刊に県内の高校の合格枠数が掲載された。ぱっと見驚くほどのクラス削減。特に地元の高校であるが故に驚きが大きかった。

 塾で中学生に教えている身であるゆえ、高校の話は多少なりとは入れておく必要がある。年が明ける頃になると、勉強だけでは飽きてしまう生徒に対して高校の小話を少し入れ、小休止の時間を作る。また、自分の高校時の姿をイメージさせてやる気を引き出そうとしている。

 そんな中、今日、高校の合格予定者数が発表されたが、最近人気になってきている高校まで1クラス減という状況。また、その高校と同じようなレベルの高校も何校か1クラス減という形で発表された。今後の少子化を鑑みての実行だという。

 これにより、より一層高校に入るための熾烈な争いとなってくる。倍率が例年より上がることは言うまでもなく、中学校の先生方も対応に追われる事になるだろう。幸いにも今年は中学校3年生を塾で受け持っていないが、親としても心配になる案件だろう。

 倍率を上げ、それぞれの高校の底上げに努めることは良いことだと思う。人気校は上昇しているものの、最近人気が下がってきてしまった高校もある。その中で、人気校もそうでないところも人数を減らすと言う形でそれぞれ底上げを図ると考えているのではないだろうか。

 なぜか私の大学では、今年は入学者数を大幅に増やした。これでは底上げどころか、名前を書けば受かるボーダーフリー大学に再び転落してしまわないか。危惧している点である。

#104 臓器移植

 今月下旬、国内での臓器移植法に基づく脳死判定が1000例目となった。日本は、人口100万人あたりで見ると、脳死提供者数は0.88人だという。米国はこの50倍、韓国は9倍で日本は他国に比べて明らかに少ない。

 この臓器提供についてどう考えるか。やはり自分はどうしてもこの臓器を提供するという事に対して抵抗感を持ってしまう立場である。臓器提供の意思カードを見たことがあり、また免許証の裏にも同類のものがあるが、そこに自分で書くことはできずにいる。自分でもなぜかわからないが、躊躇ってしまう。

 移植をすることしか道がない患者さんも数多くいる。またその患者さんたちも提供者を待ち続けている一方で、人の死を待っているかのようで嫌だという心境を持つ方もいるそうだ。しかし、臓器提供者側となったご家族は、提供した子どもは、別の方の中で生き続けている。という表現をよくされている。間接的ではあるが、自分の家族がまだどこかで生き続けているというようにも感じるようだ。

 そんな人から人への臓器提供であり、難しい人の気持ちが絡んでしまうものであるが、アメリカでは、豚の心臓移植が2例目として行われた。ただ、1人目は、2ヶ月後に死亡。今回の2例目の患者も6週間後に死亡したという。この動物から人への臓器移植の研究も進められている。これが有用なものになるとするならば、より多くの患者さんが助かる事になり、この点については大いに期待したい部分である。

 さて、日本には、臓器移植待機者は約1万6000人いると言われている。それに対して、年間で移植を受けられるのは年間400人。臓器移植にはまだまだ大きな課題があると言える。やはり、最もな壁が拒絶反応であるそうだ。ドナーとマッチしないものは移植できない。これが大きな壁となる。

 臓器移植を我々はどう考えていけば良いのだろうか。簡単にあげますよとか、くださいとか言えるようなものではない。ただ、命が救われるためにはこの手段がないという人が国内に1万6000人もいるということ、これはこの記事を書いていて初めて知ったことであった。これは非常に考えるべき内容であるとも同時に感じた。